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2011年3月

2011年3月31日 (木)

教員研修

Photo スクールプロファイリング最終日ですが、今日は出かけず残っている2年生に対して授業です。学校には2年生だけではなく、見知らぬ先生たちもたくさんいます。何をしているのかというと、先生たちへの研修会だそうです。月曜から始まっていて、5日間の日程のようです。敷地内に泊まり込みです。朝は朝食の前6時過ぎからやっていました。夜も少なくとも8時に見たときにはまだ続けていました。9時過ぎかもしかしたら10時くらいまでやっているのかも知れません。途中休憩があるとしても、一日に12時間以上も続けています。内容まで聞いていないのでわかりませんが、すぐに休んでおしゃべりをしたがるスリランカ人から考えると驚異的です。

2011年3月30日 (水)

学期末試験

Photo 昨日に引き続き、カドゥルワーナジュニア校に行ってきました。今日は学期末試験。もともと、壁のない教室に簡単な仕切りで5学年が勉強していたのですが、その仕切りが取り払われ、5学年が同じ向きに座っています。日本の試験と比べるとゆるい感じで、しゃべったりきょろきょろしたりしても、あまり強く注意されません。受けている生徒たちもなぜか明るく受けています。一日に2~3教科で一週間ぐらい続きます。

2011年3月29日 (火)

小さい学校からのメッセージ

Photo スクールプロファイリング2日目。ほかの先生の都合により、行く学校が変わりました。アクレッサから少し北のピタベッダラにあるカドゥルワーナジュニア校です。ジュニア校ですが、この学校は11年生までありました。ニルワラの学生たちが生徒の身長・体重を測ったり、ピアジェテストをしている間、私は特に評価をする必要もなく、何もすることがないので、空いている教室に行って、日本語を教えたりしました。10年生のクラスの時に津波の話が出たので、日本にメッセージを送らないかと行ったところ、メッセージを書いてくれました。英語が難しいということでシンハラ語で書いてくれました。「地震の後、元気になりますように。私たちスリランカの願いです。」というような意味だと思います。おそらく。前にもリンク貼りましたが、ほかのメッセージはこちらをご覧ください。
 地震から半月が経ちました。原発問題は解決のめどが立たず、ニュースなどを見ると政府の対応などに否定的なものが多いように感じます。その一方で、スリランカのボランティアで日本に一時帰国している方からは、「やっぱり日本はすごい国だなって思います。間違いなく復興すると根拠もなく確信しています。」という言葉が聞けました。私は何もできませんが、私も日本の復興を強く信じています!

2011年3月28日 (月)

元気な子どもたち

Photo 今週は、1年生が学外の学校に行く活動です。スクールプロファイリングと言って、学校の様々な情報を調べてレポートを作ります。昨年もありましたが、1年生が初めて学外に行く活動です。学校の資料を調べると同時に、ピアジェテストをしたり、子どもの身長や体重を測ったりということも行います。今回行ったのはテリッジャウィラにある、ダンペッラジュニア校です。普通の学校は、11年生まであり、大きな学校では13年生までありますが、ジュニア校というのは、小さな学校で学年も9年生までしかありません。クラスも学年一クラスずつでした。休憩時間にちょっと子どもと遊んだところ、子どもたちに取り囲まれ、大変な騒ぎになりました。休憩後の授業に悪影響を与えてしまったかなあと心配しましたが、この学校は、休憩終了後に瞑想の時間があり、気持ちを落ち着けてから授業を再開していました。これまでいろいろな学校に行きましたが、このようなことをしていたのは始めてみました。とてもいいことだと思います。小さいながらもしっかりした教育をしている学校でした。

2011年3月27日 (日)

風力発電

Photo_3 日本では原子力発電所が大変な問題になっていますが、スリランカの電気は大部分が水力発電です。その一方で、ハンバントタなど風力発電の風車が設置されているところがいくつかあります。再生可能エネルギーなので環境にとても優しいといわれています。そんなスリランカにも原子力発電所を作る計画があったようでした。今回の日本での事故の影響でその計画は凍結されるとのこと。まだまだ、電気がなくてもあまり困ることのないスリランカですが、今後、発展が進むとスリランカでもエネルギー問題がわき起こってくるのでしょう。発展することがいいことなのか、少ないエネルギーで暮らす方が幸せなのか、難しい問題です。

2011年3月26日 (土)

ウバ州訪問

Photo_2 ウバ州の学校は、2月に豪雨、洪水のため、学校が休みになった日が多くありました。そのため、5月まで土曜日も登校日になっている日があります。それで、授業を見にいくことができるいい機会なので、バンダーラウェラの隊員任地を訪問しました。しかし、学校によっては学期末のテスト期間が始まっていて、見にいった学校はテストをしていました。残念ながら授業を見ることはできませんでした。午後は、少し離れたバドゥラ地区のハーリエラの学校に配属されているバレーボール隊員を訪問しました。この学校は、遠くからも生徒が集まってきていて、寮で生活している生徒がいます。寮生活なので学校が終わった後も学校にいます。その子どもたちがバレーボールをするのを指導していました。今は試合が近いということで上級生は試合形式で練習していましたが、大部分の子はチームを作って部活のように取り組んでいるわけではないので、思い思いに楽しんでいるようでした。

2011年3月25日 (金)

日本のみなさんへのメッセージ

Photo 今回の震災に対して、日本のみなさんを応援しようと各国のみなさんがいろいろなことを企画し、実行しているようです。スリランカにおいては、以下のようなことが行われています。ボランティアや事務所スタッフから義援金が集められました。スリランカ国内各地に散らばるボランティアのネットワークを活用し、スリランカのみなさんから応援メッセージを集め、それをWebで公開しています。こちらから見られます。
 ニルワラ教員養成大学の学生にもメッセージをお願いしたところ、"We also cry with you as Sri Lankans" というメッセージとともにイラストも描いてくれました。「私たちスリランカ人も、日本の人たちとともに悲しみを分かち合います」というような意味でしょうか。スリランカも2004年に津波の被害を受けているので、とても共感してくれます。

2011年3月24日 (木)

新年行事の準備

Photo ブロックティーチング(教育実習)が終わり、普通の授業に戻るかと思えば、また行事です。本当に行事が多すぎです。普通に授業をやる日は半分くらいなのではと思います。それで、何の行事かというと、新年行事です。スリランカでは、4月14日頃がシンハラとタミルの新年とされています。新年を祝う行事もあちらこちらで行われます。昨年も行われましたが、今年は、新年を迎える前の4月7日に行事をするようです。この日はもともと体育祭をする予定になっていたらしく、今日の朝は、普段起きてこない2年生もたくさんグラウンドにやってきて、幅跳びや、円盤投げ、やり投げなどを練習していたのですが、体育祭はなくなり、文化的行事に変わりました。4つのグループに分かれて、シンハラ(仏教)、タミル(ヒンドゥー)、ムスリム、キリスト教、それぞれのスタイルでの飾りつけなどを行います。学生は、9割がシンハラ(仏教)なのですが、自分の宗教と違っても文句も言わず準備をします。今日は最後の7時間目の授業がなくなり、体育館でミーティングです。床に座って一生懸命考えていましたが、各チーム100人くらいいるので、何もしていない人もたくさんいます。明日からはどのくらい授業があるのでしょうか。

2011年3月23日 (水)

授業で使う道具

Photo ブロックティーチング(教育実習)が終了し、各授業で使ったものが展示されました。これら授業で使う道具をスリランカではクオリティインプッツと呼んでいます。写真ではごちゃごちゃしてわかりにくいのですが、ハンガーでつくったてんびんが見えるでしょうか。なかなかいいと思いました。誰かが作ったのを真似て似たようなものを作ることが多いのですが、やはりいいものは残るのか、なるほどよく考えたなあと思えるものがあります。

2011年3月22日 (火)

ブロックティーチング最終日

Photo ブロックティーチング(教育実習)最終日でした。もともと23日までと聞いていたのですが、なぜか今日で終わりのようです。正式な連絡が何もなく、学生たちもはっきりしたことはわからず、噂で伝わってくるだけの状態なのですが、終わりらしいです。こんないい加減な情報伝達でいいんでしょうかね。間違って明日も出かける人はいないのでしょうか。それはともかく、最終日ということで学生たちは途中でご飯を食べていくと言いました。わたしも一緒についていき、フライドライスを食べました。お金は学生持ちです。先生にはお金を出させないんですね。これがいいシステムなのか、悪いシステムなのかよく分かりませんが、スリランカはそういうシステムのようです。

2011年3月21日 (月)

修了証授与

Photo_6 ここのところ、ココログの調子が悪く、閲覧はできるのですがなかなかログインができないので、更新が滞っていました。すみませんでした。少しだけ状況が改善したようなのでまとめて更新します。
 選挙休みも終了し、学校再開です。先週に引き続き、ゴールのアヌラーデーヴィ女子校にブロックティーチング(教育実習)の指導に行きました。学校に帰ってきたら、12月で3年の課程が修了した学生たちがたくさん来ています。何かと思ったら、修了証の授与とのこと。特に、式典などはなく、校長から授与されたようです。明日、コロンボの教育省でインタビューがあり、その後、正式な勤務校が指定されるそうです。明日の朝コロンボなのに、3時過ぎにまだここにいるとは、ハードな日程です。もうちょっと配慮できないんでしょうかねえ。この学生たちは、私がここに来て1か月ちょっとしか一緒にいなかったのですが、覚えている学生もいて話しかけてきてくれ嬉しかったです。最初に出会った学生たち、印象深いです。良い先生になって欲しいです。

2011年3月20日 (日)

交通事故

Photo_5 コロンボから任地へバスで帰る途中、熟睡していたら突然衝撃がありました。びっくりして目を開けたところ、バスは急ブレーキをかけ、中央分離帯を越え、反対車線に乗り込んで停止しました。みんながバスを降りていくので、降りてみたところ、事故車がありました。推測すると、バスの進行方向に急に車が飛び出してきて、避けきれずにぶつかったようです。私は一番前の席に座っていたので、もう少し激しくぶつかっていたら、ただでは済まなかったかも知れません。こわいですねえ。乗っていたバスのタイヤが破裂したとことは何度かありましたが、衝突したのは初めてです。幸い、だれも怪我していないようでした。その後、バスを乗り換えて帰ってきましたが、慣れたはずの荒い運転が怖く感じました。

2011年3月19日 (土)

デヒワラ動物園

Photo_4 コロンボの隣、スリランカ第2の都市と言われているデヒワラにある動物園に行ってきました。水族館もあり、多種多様な動物が見られます。ダチョウってこんなに大きいんだとなんか改めて感じました。でも、一番の見どころは夕方16:30から行われる象のショーです。4頭の象が出てきて、しっぽを鼻でつかんでつながったり、イスに腰掛けたり、立ち上がったり、とにかくダイナミックです。サファリで見られる野生の象もいいのですが、調教された象の演技も一見の価値ありです。

2011年3月18日 (金)

キャンディアンダンス

Photo_3 コロンボで毎週金曜日に無料でキャンディアンダンスを見られるところがあると聞いていたのですが、金曜日で見に行けるチャンスだったので見に行きました。場所は、ゴールロードのシナモングランドホテルの向かい側にあるホテルスクールです。男女別のダンスが交互に10種類くらいありました。時間は17:30~18:30です。期待していたよりも良かったです。手軽に楽しめるのでおすすめです。

2011年3月17日 (木)

図書館

Photo_2 コロンボの図書館に行ってみました。いろいろ本屋めぐりをしていて、スリランカではなかなかいい本が手に入らないなあと思っていたので、図書館も見てみたいと思っていたのです。さすが、たくさんの本がありました。英語、シンハラ語、タミル語と別の棚に分けられていて、1階はフィクションとノンフィクション、2階は子どもの本、3階は参考書というように分かれています。ただ、新しい本はあまりありませんでした。やはり、今の時代図書館よりもインターネットの方が便利なのかなあと実感しました。

2011年3月16日 (水)

革のお店

Photo スリランカでは、明日統一地方選挙の投票日になっています。そのため、学生たちは家に帰ります。今日から土日も合わせて、5連休。任地では、ご飯も出なくなるので、コロンボに上がってきています。コロンボに詳しい隊員の案内で、いろいろなお店を見て回りました。そのなかで、今回紹介するのは、革のお店です。スリランカでは、革製品は主要な生産物の一つのようで、おみやげ屋さんなどでも革製品を扱っているところがよくあります。写真の店は、コルピティアにあるsunilというお店です。靴やサンダルを始め、さまざまな革製品が置いてあります。品数はそれほどないのですが、質が高いように感じました。ゴールロードから海側に入ったところにあってちょっとわかりにくいです。

2011年3月15日 (火)

津波のことを聞かれて思うこと

Photo 今日からブロックティーチング(教育実習)の指導として新しい学校に行きました。ゴールのアヌラーデーヴィ女子校です。ゴールに来たついでに同期がいるルフナ教員養成大学の見学にも行きました。写真はルフナ教員養成大学の入り口です。
 新しいところに2か所も行ったので、初めて会う人たちがたくさんいました。当然聞かれるのが、津波はどうだったという質問です。私のうちでは被害はなかったというと良かったとなるのですが、正直なところ複雑な気持ちです。スリランカでは、地震がないので地震についての知識はほとんどありません。その一方で、津波は2004年の被害があるのでほとんどの人が知っていると思っていました。けれども、地震から津波が来るまで30分あったのになぜ逃げなかったのかという質問をされたときには唖然としました。津波が来たスリランカなのに、津波で被害を受けた南部地域なのに、身近な人で被害を受けたり亡くなった人がいるはずなのに。なぜ正しい理解ができないのでしょう。語学の力がなく、しっかりと説明できないのが、非常にもどかしいです。
 また、津波が来なかったから良かったというのも納得できません。私の出身の山形県は日本海側にあるので津波の被害はありません。さらに、山形市は内陸にあるので津波がやってくることはありません。では、大丈夫だったでしょうか。人的被害は少ないです。けれども、友人からのメールでは、ガソリンなど物資の不足で、ガソリンスタンド、スーパーには長蛇の列、食料は並ばないと買えないし、しかも少しの量だけ、町中は異様な雰囲気になっているそうです。全国ニュースではわからない地元の状況を聞くと、直接的な被害を受けた地域とは比較にならないとしても決して大丈夫とは言えない状況だと思います。
 長くなったのですが、もう一つ気になるのが原子力発電所の事故です。なぜ、こんな状況になったのか、原因は何かと疑問に思っていました。どうやら、電気が供給できなくなったからというのが最大の原因のようです。原発は地震で停止するのですが、安全に停止させるためには様々な制御が必要です。制御するのは電気。圧力や温度の状況を確認するのも電気。バックアップ用の発電機、外部からの送電すべてが正常に作動しなくなり、全く電気のない状態で事故になったと言えるようです。その影響で起こる計画停電。電車も止まってしまう非常に影響の大きいものです。少なくとも、数か月は続くとのこと。事故の起こった原発はもう使えないでしょう。新たな原発はもう作れないでしょう。日本の電力の30%をまかなう原子力発電が今なくなったら、どうやって電気をまかなうのでしょう。日本の状況が非常に心配です。停電はたびたび起こり、それでも影響の少ないスリランカ。こんなところでも日本との違いを感じます。

2011年3月14日 (月)

ゴミ捨て場

Photo またまた任地に来てくれた隊員を連れて、校内を巡回しました。そこで出会ったのが、ゴミを捨てている現場。バケツで10個ぐらいに満タンになったゴミをトラクターで運んできて捨てていました。不法投棄ではありません。校内で発生したゴミです。食堂での食べ残し2日分だそうです。捨てている職員の方たちももったいないと言っていました。スリランカのご飯は基本的にビュッフェスタイルで、自分で皿に盛りつけて食べます。スリランカ人は、食べる分以上に皿に盛りつける人が多く、余った分を捨てることに抵抗がない人が多いです。私自身は残すことが嫌いなので、きれいに食べています。そのポリシーはそれほど強調して話したことはないのですが、なぜか校長が朝礼で日本人は残さず食べるので見習うようにと言ってくれたことがありました。けれども、大きくは変わっていないようです。残すことはもったいないと主張していくべきだなあと思いました。ゴミ捨て場は、前に見学したコンポストプラントと同じようなにおいが漂っていました。それはそれで良い肥料ができるのかも知れません。後ろのバナナは大きく育つのでしょうか。

2011年3月13日 (日)

アクレッサのお店で

Photo また、隊員が一人任地訪問に来てくれました。せっかくなので、アクレッサの町を歩き回りました。その時、お店の様子などを写真に撮りました。後で見返してみると、品物の並べ方に特徴があるのではないかと気づきました。これまでいつも見ていて自分としては見慣れていたのですが、改めて考えてみると変わった商品の並べ方をしていると思います。店の人がカウンターの後ろに立っていて、その前に商品が積み上げられているのです。店の後ろの方にもたくさん積み上げられていますが、それはお客さんが手に取れないので、店の人に言って取ってもらいます。狭いところにたくさんの商品を置くという工夫なのでしょうか。よく考えてみると、日本のキオスクに似てますね。だったら珍しくないか。

2011年3月12日 (土)

スピーチコンテスト

Photo_2 日本語スピーチコンテストがあったので行ってきました。昨年も見にいきましたが、今年は昨年よりもレベルアップしていたように感じます。日本に行ったことのある人たちのカテゴリーは本当に流ちょうな日本語ですばらしかったです。ただ、日本に行ったことのないカテゴリーの優勝者のスピーチ、その内容が「水からの伝言」を題材にしたものだったんです。水にきれいな言葉を書いた紙を見せたり、きれいな言葉をかけたりするときれいな結晶になるという話です。これは、ニセ科学といわれている内容です。スピーチのコンテストですが、内容も大事じゃないのかなあと感じました。スリランカ人は、聞いた話を無批判で受け入れてしまうことが多いので、この内容に疑問を挟むのは難しいだろうなあと思います。今年は、審査中のアトラクションとして、シニアボランティアの歌の披露と、われわれのよさこい踊りの披露がありました。日本語を学習しているスリランカの学生も混ざり、好評だったと思います。最後にアトラクションメンバーで記念撮影をしました。

2011年3月11日 (金)

星空観測会

Photo 日本では大地震があったそうで、JICAスリランカ事務所からも連絡がありました。スリランカ人もニュースなどで知ったようで、津波は大丈夫かと聞いてきました。スリランカでは、地震は全くと言っていいほどないのですが、2004年の津波被害があったので、津波の怖さはみんな知っています。ネットのニュースなどで少し状況を見ましたが、大変な状況のようで、特に仙台市の荒浜はよく知っていてる場所なので心が痛みます。
 そんな状況ですが、こちらでは星空観測会が開かれました。アーサーCクラーク研究所から、講師の方が来てレクチャーをしてくれました。アーサーCクラークというのは、あの「2001年宇宙の旅」で有名なSF作家ですが、晩年はスリランカで暮らし、スリランカでなくなっています。その名前を冠した研究所がスリランカにあり、学校生徒対象の星空観測会を各地で開いているそうです。太陽系の様子、宇宙の仕組みなどをわかりやすく説明してくれました。夜になって、観測をしようとしたのですが、あいにくの雲で見えません。仕方がないので、その後もスライドによる説明があり、11時過ぎにようやく星が見え出しました。望遠鏡2台をセットして、土星の観測です。よく見る写真のように色は見えませんでしたが、環のある様子がくっきりと見えました。

2011年3月10日 (木)

校内のバナナ畑

Photo 今日、任地に隊員が見学に来てくれました。なんでも、アクレッサで大家さんの友人の結婚式があったそうで、遠くから来たついでにニルワラ教員養成大学まで来てくれました。ご訪問ありがとうございました。敷地内を案内していて、普段あまり行かないような場所にもまわってみました。すると、なんかバナナの畑らしいものができています。売り物にするんでしょうか、どうするんでしょう。学生たちに見つかってしまったらすぐになくなってしまう気がします。まさか、学生へのサービスで植えたということはないと思いますが・・・

2011年3月 9日 (水)

店の前で休む子どもたち

Photo 気がつけばカウンターのアクセス数は2万を超えました。最近は、じわじわとアクセス数が増えているようで、見てくださっているみなさんありがとうございます。
 テリッジャウィラセントラル校からの帰り、バス停でバスを待っていると、子どもたちから話しかけられました。この子どもたちは、おそらく学校が終わった後に塾に行くことになっていて、始まる時間までの時間つぶしとして、店の前に座って休んでいたんだと思われます。11年生といっていたので、日本でいえば高校一年生の年代でしょうか。スリランカでは、いろんな人から声をかけられることが多いです。特に外国人の全くいない田舎ですから、みんな興味があるのでしょう。ただ、大人に声をかけられるよりも子どもの方がほっとしますね。子どもたちはとても素直で親切だからでしょうか。

2011年3月 8日 (火)

学校に残っている一年生

Photo 今日はブロックティーチング(教育実習)に行かず、学校に残り一年生の授業を担当しました。一年生は長いオリエンテーションが終わり、今週から授業が始まっています。けれども、二年生がブロックテーチィングに行っているため、2クラス合同の変則的な状態でスタートです。初めての授業なので日本の紹介をしました。最初の時間ですが、クラスによって違いがあるのがおもしろいです。積極的に質問が出てくるクラス、なかなか質問のでないクラスと最初から違うんだなあと感じました。全体的には、二年生がいないので一年生はのびのびしています。授業後のキャンティーン(購買部)。一年生女子学生がここぞとばかりに群がっていました。

2011年3月 7日 (月)

教室にバイク

Photo 2年生のブロックテーチィング(教育実習)が始まりました。今週私が担当するのは、テリッジャウィラセントラル校です。1クラスを英語クラス、シンハラ語クラスと分けた場合、英語クラスが別のところに移動することが多いです。このクラスもコンピュータールームがある建物の控え室のようなところで授業をしていました。前に座っている子どもたちは椅子のみで、後ろの子たちだけ机があります。しかし、このクラスで気になったのはバイク。教室内にバイクがあるんです。乗ってきたバイクを屋根のある部屋に置いたということでしょうか。教室の中にあるのは初めて見ました。

2011年3月 6日 (日)

ミニワールドカップ

Photo スリランカでは、現在クリケットのワールドカップが行われており大変盛り上がっています。テレビ中継もされていて、試合時間になると電気屋さんのテレビの前にたくさんの人だかりができるというような状況です。
 そんな中、在スリランカサッカーチームによる恒例のミニワールドカップが開かれました。今回の会場は、首都コッテのベッダガーナというところにあるサッカー場です。出場国は、日本、中国、イギリス、韓国、モルディブ、スリランカの6カ国です。試合開始前には、審判の念入りなボディチェックもあり、金属のアクセサリーを身につけている人は外すように注意されていました。日本の初戦はイギリスです。体格の大きなイギリスに対して、押している場面もありましたが、イギリスのうまい攻撃に失点を重ね、負けてしまいました。残念ながら任地に帰る時間の都合で、その後の試合は観戦できませんでしたが、結果はどうなったのでしょうか。結果はともかく、選手たちの熱い思いが伝わってきました。おつかれさまでした。

2011年3月 5日 (土)

グレードアップした歓送迎会

Photo もうすぐ帰国する20年度4次隊を送別し、1月に来た22年度3次隊を歓迎する歓送迎会がありました。いつも利用していたお店が予約が取れないため、今回はヒルトンレジデンスホテルが会場です。以前よりもかなりのグレードアップ。会場の中央には、ファッションショーでモデルが歩くようなステージも作られました。駒ヶ根訓練所でのシンハラ語の先生のコメントなどを利用した感動的なVTRとともに、会は盛り上がりました。送別の部を企画したのは次に帰る21年度1次隊のメンバーです。次回は、このメンバーを送るため、われわれ21年度2次隊が企画することになります。もう帰国が迫ってきたなあと改めて感じます。

2011年3月 4日 (金)

ダーネ

Photo ゴールの城壁の中にある学校がライトアップされていました。何かお祭りなのかと聞いたところ、「アームスギビング」だといいます。このアームスギビングとはシンハラ語でダーネといって、お坊さんを自宅に招いて、食事をごちそうすることによりお布施をすることなのです。亡くなった人の供養として日本の法事のように行うこともあれば、何か新しいことをするときに行うこともあります。詳しくは聞きませんでしたが、夜の飾りつけをしているところを見ると夜通しでお経を読むピリットも行われるのではないかと思われます。話はそれますが、アームスギビングと聞いて、なんで腕なんだろうとずっと思っていましたが、調べたらarmsではなく、almsで、施しものとか托鉢という意味なんですね。勉強になりました。

2011年3月 3日 (木)

ワークショップ

Photo 来週から始まるブロックティーチング(教育実習)に向けて、ワークショップが開かれました。今回から、指導案の書き方が変わったり、評価シートが変わったりしたために、共通理解を図る目的のようです。近くの学校から子どもたちがバスでやってきて、学生の授業を受けます。子どもたちは2クラス分で、シンハラ語と英語に分かれます。体育館に机と椅子を並べ、臨時教室が作られます。ステージ側と後ろ側に教室が作られ、その間に学生たちが座って授業を見ます。英語とシンハラ語に分かれても、それぞれ100人以上の学生が見ています。2人の学生が授業をして、午後からは授業を見ての振り返りでした。私が見たのは英語で授業をした数学と理科でしたが、あまり上手な授業ではありませんでした。けれども、それを見た学生のコメントはしっかりと的を射ていて、わかっている学生はわかってるんだなあと感じました。来週からのブロックティーチングがんばって欲しいです。

2011年3月 2日 (水)

新制原爆展

Photo 今日は、マハシバラートリという休日でした。ヒンドゥー教の神、シバ神を讃える日です。特にシバ神とは関係ありませんが、新体制になって第一回目の原爆展を開催しました。会場はコロンボから少し北にあるミーリガマのハーピティガマ教員養成大学です。当初、私自身は参加できない予定だったのですが急遽参加できることになり行ってきました。もともと欠席予定だったので今回は完全な裏方です。原爆展実行メンバーが増えたこともあり、舞台裏は人数が十分です。多少のハプニングはありましたが、概ね成功だったと思います。最後には恒例のよさこい踊りも披露しました。参加してくれたみなさん、ありがとうございました。今後も続々と開催していきたいと思います。

2011年3月 1日 (火)

アクションリサーチ

Photo インターンシップに行っている三年生は、学校の授業をすると同時にアクションリサーチというものをしなければなりません。言ってみれば卒業論文のようなものです。これまでどんな研究がされてきたのかを知ろうと思い、資料室を見せてもらいました。これまで1年半近くいながら初めて入った部屋です。いくつかを見たところ、クラスの中で伸び悩んでいる3~5人をピックアップして、何らかの指導をし、プレテストとポストテストで成果を見るというような内容がほとんどでした。ピックアップした生徒の名前が書かれていることに驚きましたが、巻末の方にはその生徒の住所、身長、趣味、両親の名前、両親の職業、両親がAレベルパスしたか、Oレベルパスしたかなどまで書いてあるのには唖然としました。公開している資料ではないとはいえ、プライバシーへの配慮が全くないスリランカの実態を垣間見た思いがしました。

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