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2011年4月

2011年4月30日 (土)

新年運動会

Photo お正月明けのこの時期、スリランカの各地では新年運動会が行われます。キャンディの隊員が自分の任地で運動会を開催するということで見に行きました。写真は目隠しをしてボードに書いてある象の絵に目を描くというものです。本来の位置に近いほうが勝ちということです。スリランカでは定番の競技です。その他にもいろいろ定番がありますが、何かをした後に、走ってゴールというパターンが多いです。走ってゴールすると、ゴール付近では混乱して、だれが1位で2位なのか分からなくなります。それで多いのが競技終了後のクレーム。今回はいろいろなスポンサーから賞品を募ったこともあってか、賞品獲得を狙って、必死のクレームが非常に多かったです。隊員は、クレームに対応し、あちこち走りまわり非常に大変そうでした。おつかれさまでした。

2011年4月29日 (金)

サラダランチ

Photo たいていの一流ホテルでは、ランチビュッフェを行っています。おいしい物を食べられるのですが、値段が高いのです。そんな時にこんな方法もあるのかという妙技を教えてもらいました。今回は、シナモングランドホテルに行ったのですが、サラダビュッフェというものがあるんです。ビュッフェの料理の中で、サラダの部分のみを食べるというもの。サラダと言っても、いわゆる生野菜だけではなく、サーモンのサラダとか、パスタサラダなどもあります。さらには、のり巻きまでありました。そのうえ、パンやスープもOKなのです。サラダだけで軽い食事ができてしまいます。これで600ルピーちょっと。普通の地元のお店で食べるよりは格段に高いのですが、ランチビュッフェに比べたら安いです。なんとも微妙な価格設定という気がしますが、ぜひ一度お試しを。ちなみにデザートは別料金のはずです。

2011年4月28日 (木)

ラグビー

Photo_3 前日のワークショップの専門家のお宅に伺いました。この専門家は、スリランカの隊員OBです。職種はラグビーでした。現在も近くの学校にラグビーチームを立ち上げて、教えています。朝練習の様子を見に行きました。スリランカでラグビーをしている子どもを見ることは少ないのですが、しっかり指導されているだけあり、子どもたちはラグビーの動きをよく分かっているなあと思いました。途中から、私も参加して見ましたが、子どもたちにタックルされ、あえなく撃沈。なかなか難しかったです。
 今回、訪問したのはガルガムワというところですが、あまり行ったことのない場所に行ったときは、日本に対するメッセージを書いてもらいます。ラグビーの子どもたちから書いてもらうことができなかったので、バススタンドで待っていた青年に声をかけて書いてもらいました。見ず知らずの外国人から急に言われたら、ちょっと引いてしまうと思うのですが、大変長いメッセージを頂きました。
 スリランカでのメッセージプロジェクトのメッセージは、 http://srilankaforjapan.info/ または、 http://www.flickr.com/photos/message_project_by_jocv/ で見られます。

2011年4月27日 (水)

ワークショップ

Photo_2 JICAプロジェクトのワークショップに参加してきました。このプロジェクトは農業・かんがいに関するもので4年にわたって行われてきたものが5月に終了するにあたって開かれたものです。ボランティアは関係していないのですが、プロジェクトに関わっている専門家の方と親しくなり、参加してみないかとお誘いを受けたことで参加してみました。専門外のことでもあり、発表は半分以上がシンハラ語で残りは英語という内容だったので、とても難しかったのですが、ワークショップの雰囲気が分かり参考になりました。

2011年4月26日 (火)

地域学習センター

Photo ネゴンボの隊員を訪問してきました。ヤーワジーワ地域学習センターというところでコンピュータを教えていました。ここは、学校に行けない子どもたちが勉強に来る場所になっています。なぜ学校に行けないのか、日本での不登校のようなものとは違い、貧しいというのが主な理由です。学校は無償で、制服も1着は支給されます。それなのに学校に行けないのはどうしてかと疑問に思うのですが、その他の出費、ペンとかノートとか、替えの制服とかそういうちょっとしたお金が払えないため行けないのだそうです。家がなく道路で寝ている子どももいるそうです。学校就学前の子どもたちを見ているスペースもありました。状況的にはとても厳しい生活をしている子どもたちだとおものですが、どの子どもも明るく元気に動き回っていました。

2011年4月25日 (月)

生演奏

Photo_4 シナモングランドホテルのロビーで毎週月曜日にヴィオラ奏者が演奏していると聞いていたので行ってみました。残念ながらヴィオラではなく、ギター、ベース、キーボード、パーカッションのバックとメインの1人という構成でした。このメインの人は、リコーダー、フルート、ヴァイオリンなどを次々と持ち替え、ビートルズの曲などを演奏していました。生演奏はやっぱりいいですね。ただ、このティーラウンジ、無料ではなく、ある程度の食べ物、飲み物を注文しなくてはいけないようでした。

2011年4月24日 (日)

幸運のアイテム

Photo 昨日の夜と今日の夜、二日続けて晩ご飯は中華料理を食べました。やっぱり日本人、中華料理は安心できます。今日のお店は、Lily's Garden。メニューにない、刺身なども出してくれました。この店に限らないのですが、中国人がやっている中華料理店に行くと、メニューにないおすすめ料理を教えてくれることがあります。たいていそれがおいしいんですよね。十分食べて満足した後、お茶を頼みました。そして出てきたお茶が写真です。茶柱が立っているのがわかりますか? 今後なにかいいことあればいいですね。

2011年4月23日 (土)

パークストリートのカフェ

Photo_11 長らくブログ更新してなくてすみませんでした。具合が悪いのかとか、日本に帰国したのかなどと心配してくれた方ありがとうございます。元気です。
 スリランカ北部地区とインドに行っていました。体調は全くの健康です。インドでもおなかは壊しませんでした。インドはスケールが大きいです。料理もおいしいです。
 早朝帰国し、お昼はスリランカ自慢のカフェに行きました。パークストリートにある"Park Street Mews"です。Mewsとは袋小路とか隠れ家というような意味があるようです。ここは、以前健康診断を行った病院の近くにあり、WiFiが無料で使えるなどとてもおすすめなのですが、新たな発見がありました。なんとデリバリーサービスをしているんです。インドでは全く雨にふられなかったのですが、コロンボでは大雨で迎えられました。そんななかずぶ濡れになりながら行ったのですが、次回はデリバリーでOKです。また、A/C付きの個室もあり、6人~8人で利用出来るそうです。スリランカもなかなかやりますね。

2011年4月22日 (金)

エレファンタ島とムンバイおすすめスポット

Photo_10 ムンバイの近くにエレファンタ島という島があります。ここにも石窟があり世界遺産になっています。片道一時間の船に乗り見に行きました。石窟は5つくらいあるのですが、第1窟以外はそれほどでもありません。第1窟は3面になっているシバ神の像があるなどなかなかいいです。エローラのように巨大ではありませんが、落ち着いた感じがしてこちらもいいなあと思いました。
 お昼にまた、柔道隊員と合流し、タージマハルホテルに行きました。以前自爆テロがあったホテルのためか、入り口ではセキュリティチェックがあり厳重です。レストランでお茶を飲み、昼食は別のレストランに行きました。パールスィー料理の店、ジミーボーイです。パールスィーというのはゾロアスター教徒のことで、ムンバイにコミュニティーがあるそうです。これがおいしいのです。タウンホールの近くの路地に入ったところでちょっとわかりにくいのですが、ムンバイに行ったら、ぜひお試しください。
 その後、ボンベイストアというおみやげやさんを案内してくれました。なかなかいいものがそろっていてここもおすすめです。
 短かったインドともお別れして、日付が変わってからムンバイ・コロンボ便で帰還します。

2011年4月21日 (木)

ムンバイ観光

Photo_9 早朝、ムンバイに着きました。特にやることもなかったので、思いつきで町を散策しました。到着したCST駅から有名なタージマハルホテル目の前のインド門に行き、その後、マリンドライブという海岸沿いの道を歩きました。地球の歩き方に載っていた「沈黙の塔」というのを目指しましたが、発見できず、ガンディー博物館まで距離にして10kmぐらい重い荷物を背負って歩きました。
 夕方は、ムンバイの柔道隊員の活動を見学させてもらいました。がんばっている姿をみると刺激になります。その帰り、サトウキビジュースで乾杯。機械でサトウキビを絞った汁を飲むのですが、これがおいしい。ムンバイでは、あちこちでサトウキビジュースのスタンドを見ることができました。おすすめです。
 ムンバイ市内での移動は電車が便利なのですが、ラッシュアワーはたとえようもないくらいの混雑です。ドアを開けて走りますが、そのドアからあふれる人たち。毎日何人かは落ちているんじゃないかと思うくらいです。便利なのですが、上手に利用することが必要です。また、切符売りの窓口は長蛇の列、スリランカと同じように割り込む人がいますが、何も言わないスリランカ人と違い、ムンバイの人たちは怒鳴り合いが始まります。なかなかスリリングです。

2011年4月20日 (水)

エローラ・オーランガバード観光

Photo_8 オーランガバードはデカン高原の北の端というような位置にあります。内陸部なので、この時期は非常に暑いと言われています。しかも、雲ひとつない快晴でした。非常に暑かったのですが、せっかく来ているので、オーランガバードのまわりとエローラを巡るツアーに参加してみました。最初に行ったのは、ダウラタバードという砦です。広範囲に広がっていて見ごたえがありました。途中、コウモリのたくさんいる暗闇を通るので、懐中電灯が必要です。山の頂上までは行かないのですが、高いところに登るとデカン高原が見渡せます。乾燥地帯なのか、乾季だからなのか、荒地が多いです。
 次に向かったのは、世界遺産エローラ石窟群です。34の石窟があるそうですが、時間の関係上5つぐらいしか見られません。第16窟が最大で見ごたえがあります。写真は第16窟ですが、これがひとつの岩から削り出されたということが驚きです。
 次に向かったのは、グリシュネーシュワルというヒンドゥー寺院です。異教徒でも入れるのですが、男性は全員上半身裸になります。ヒンドゥー寺院でも重要なところの一つのようで次々と参拝者が訪れていました。
 その次は、クルタバードというムガル帝国第6代行皇帝のアウラングゼーブ帝のお墓があるところです。この皇帝は晩年オーランガバードで暮らし、オーランガバードという地名は、この皇帝の名前から取られているようです。そのお墓のあるクルタバードはイスラム寺院になっています。
 そして、次はミニタージマハルともいわれるビービー・カ・マクバラです。見本にして作っただけあってタージマハルそっくりですが、約半分の大きさで、遠近の違和感を感じました。また、タージマハルと違って大理石が使われているのは一部だけで、タージマハルにあった壁の装飾もありませんでした。
 最後にパンチャッキーという庭園です。地下水路を通して集められた水が貯められていて、麦の粉を挽く水車が見られます。回転が縦ではなく、水平面での回転でした。
 というように観光三昧の一日でした。この後、夜行列車でムンバイへ向かいます。

2011年4月19日 (火)

鉄道博物館

Photo_7 デリーにある鉄道博物館に行ってきました。デリーに行って鉄道博物館に行こうという人は少ないと思いますが、ひとりなので身軽です。それほど広くない敷地に所狭しと100台ぐらいの機関車、客車などがあり壮観です。ちょっと中心部から離れたブータン大使館の裏にあります。外の展示と館内展示があります。インドは鉄道の国、遺跡に飽きたらこういうのもいいかも知れません。
 午後は、飛行機で西の都市オーランガバードに行きました。田舎町だと思っていたのですが、意外にも大きな町です。世界遺産であるエローラ、アジャンタなどへ行く拠点になっているところです。

2011年4月18日 (月)

ニューデリー駅での列車予約と切符購入

Photo_6 インド2日目。騙しの洗礼を受けました。実は今回、もともとの行程を変更することにしました。それで列車の切符を買う事になりました。ネットで買うのがなかなかうまくいかないのです。インド旅行を考えている人のためにちょっと詳しく書くと、個人で列車を予約できるサイトはいくつかあるのですが、クレジットカードでの支払いに難があるのです。基本はインドで発行されたクレジットカードしか受け入れないんです。ただし、アメリカン・エキスプレスならOK。高い年会費はこんなところで威力を発揮するんですね。それで、日本のクレジットカードが使える唯一のサイトがcleartrip.comです。けれども、なかなか支払いの段階でエラーが出て何度も挑戦しなくてはならないんです。それで今回はあきらめて、直接駅で買うことにしました。長いので、興味のない人は<結論>だけで十分です。

 駅の2階に買える場所があると聞いて行ったのですが、正面の切符売れ場のところにいくと、駅員らしい人が2階で買えると一度教えてくれたのですが、デリー発ではないというと、駅では買えないのでDTTDCというところに行かなくてはいけないと教えてくれました。今になって考えるとこれを信じてしまったのが最大の失敗です。その人は、オートリキシャ(スリランカでいうスリーウィール)乗り場まで連れていってくれて、20ルピーで行けるように運転手と交渉してくれます。この時点でかなり怪しいと思ったのですが、流れに乗りました。すると着いた先は、始めの駅員ぽい人が教えてくれた場所と明らかに違う場所でした。地図にはDTTDCという場所が2カ所あり(仮にAとBとします)、その違う方(B)だというのですが、そことも違う気がします。まあ、切符が買えるなら旅行会社でもいいかという気持ちで中に入りました。予め、列車を調べて空席があることも確かめていたのですが、調べてもらうと空席がないといいます。それで、ここはやめようということで店を出ました。自力で本来のDTTDC(A)を目指します。すると、なにやら親切そうな人が案内してくれるといいます。道を教えてくれるだけでなく案内してくれるという人は怪しいです。でもついて行ってみました。着いた場所は2番目のDTTDC(B)の場所と近いけれども少し違うかなあと思ったところです。入り口にはDTTDCの表示があり入ってみます。目的の切符を説明すると、コンピュータが動かないと言います。それでそこも断念し、最初にDTTDC(A)と説明された場所を目指します。また店の近くになると親切な人が現れ、店まで誘導してくれます。入り口にはDTTDCと書いてあり、Indian Governmentとも表示があります。わざわざGovernmentと書いてあるだろと説明してきたので、これも怪しいと思ったのですが、店に入ります。この時点で私はDTTDCというのは鉄道の予約センターのことだと思っていました。目的地を言うと、列車で行くのか飛行機で行くのかと聞いてきます。なんで鉄道の予約センターが飛行機で行くのかと聞いてくるのかというところでおかしいと言って店を出ます。店をでたら別の人が近づいてきて、あそこは政府の店じゃないから気をつけろと教えてくれました。それで、本来のDTTDC(A)に行こうとしたら、その教えてくれた人が明らかに違う方向に誘導しようとします。その誘導を振り切り、なんとか地図上のDTTDC(A)にたどり着きました。店の前には勧誘の人もいなくて本物のようです。そこは本物のDTTDCでした。しかし、切符は買えませんでした。DTTDCというのは政府観光局のようなところで、観光案内のみをするような感じです。そこでやっぱり切符はニューデリー駅の2階で買えると教えてもらい、ニューデリー駅に戻ります。ニューデリー駅の2階には切符売り場はあったのですが、外国人用の窓口が見当たりません。一般の窓口は、写真のような大混雑です。取りあえず、後ろに並んでみました。列が進んで自分の番が来たのですが、窓口の人はここでは買えないから違うところに行きなさいといいます。その後、デリーの隊員と会い、すこし情報収集します。やっぱり駅の2階で買えるということを聞いて、再度チャレンジ。線路の両側に駅ビルがあるのですが、始めの東側ではなく、西側のビルの2階に外国人用の窓口、"International Tourist Bereau"がありました。そこでは、並ぶ列にもソファー椅子がおいてあり、順番になったら簡単に買えました。結局、損失金はオートリキシャの20インドルピーだけですが、時間は相当かかりました。

<結論>
いろいろな人にいろいろなことを言われますが、聞いてはいけません。ニューデリー駅の西側のビルの2階にある、"International Tourist Bereau"に行けば切符は買えます。

2011年4月17日 (日)

インド到着

Photo_5 スリランカの北部に行ったついでというわけではないのですが、インドにやって来ました。実はインドは3年3カ月前にも来たことがあって、その時は工事中だった新空港ができあがっていました。本当にきれいで同じインドということが信じられないくらいです。空港の中には自動販売機もあり、1年半ぶりに見ました。国際線の到着通路なのでどの通貨の自動販売機なのか気になりましたが、インドルピーでした。そして、空港からはなんと地下鉄があります。空港をでたときのタクシーの客引きは一切無く、清潔で快適な地下鉄でニューデリー駅まであっというまです。そんなインドですが、ニューデリー駅前にでると、喧騒があり、昔のインドも健在です。3年前に来たときに日本に持ち帰ったのですが、インドのお店では Pass Passという、ガムのようなそうでないような粉が売っています。分類的にはマウスフレッシュナーというものらしいですが、その香りが漂ってきて、急に3年前を思い出し、インドに来たということが実感できました。

2011年4月16日 (土)

非難民キャンプ

Photo_4 スリランカの内戦は昨年の5月に終了しています。内戦終了時には30万人程の住民が住んでいる地域が戦場になったことにより、戦争避難民となっていたそうです。避難民を収容するキャンプが作られていましたが、復興が進んだことにより多くのキャンプはすでに閉鎖されたそうです。しかし、地雷が完全に撤去されていないなどの問題でまだ元の家、あるいは新しい生活場所を見つけられない人たちがいます。北部からもどる途中、非難民キャンプがまだ残っている場所のわきを通りました。キャンプの中には、学校、お店などがそろっていて、基本的にキャンプ内で生活できます。現在は自由に出入り出来るようですが、以前は自由な出入りができず、キャンプの中だけの生活をしていたそうです。トタンで覆っただけの簡単な家。南部ではほとんど見ることがなく、戦争を意識することが少ないのですが、このようなキャンプをみると、戦争の影響はまだまだ残っていると感じます。このキャンプがなくなる時が本当の復興なのでしょうか。

2011年4月15日 (金)

ナーガディーパ寺院

Photo_3 北部州3日目は島にわたりました。北部州の一番大きな都市はジャフナで、そこに宿泊しています。そのジャフナから近くの島へはコーズウェイと言われる連絡道路でつながっています。橋ではなく、道路の幅だけ埋立て道にしているものです。最初にヴェラナイという町のあるカイツ島に渡り、次にプンクディティウ島に渡りました。そこからはコーズウェイがないので、船でナーガディーパ寺院のあるナイナティウ島に行きました。このナーガディーパ寺院は、ブッダが三度スリランカを訪れた場所の一つで、2回目に訪れた場所と言われています。3回目はケラニヤ寺院だそうです。1回目はどこでしょうか。足跡のあるスリーパーダかも知れません。このナーガディーパ寺院は銀色のパゴダが特徴的でした。周辺の海はとてもきれいでモルディブのようでした。モルディブには行ったことありませんが。何年もたって復興したらリゾート観光地になるような気がしました。

2011年4月14日 (木)

スリランカ最北端

Photo_2 スリランカ最北端近くにある灯台です。最南端にも灯台がありましたが、正確な最北端、最南端からは微妙にずれていて、最北端や最南端を示す特別な標識はありません。スリランカ人はあまり、最○端というものに興味がないのかもしれません。灯台付近ははいセキュリティゾーンになっていて近づくことはできませんでした。この最北端はポイントペドロというところで、JICAの草の根技術協力事業が行われています。現地のNPOパルシックを実施団体としたもので、貧困漁村女性を支援する目的で乾燥魚生産を指導する支援が行われています。見ている目の前でも新たな魚が水揚げされ、高額で取引される様子も見ることができました。

2011年4月13日 (水)

戦争で壊れた学校

Photo スリランカの北部地域は内戦の激しかったところで、戦争から1年近くたった今でも外国人の立ち入りは制限されています。自由に訪れることは難しいのですが、今回JICAの方でボランティアが北部を視察する機会をアレンジしてくれて、参加してきました。北部に入る部分には検問所があり、外国人はパスポートチェックも行われます。そこを越えて北部地域に入ると、風景が一変します。地雷除去が完了していないことを示す、黄色のテープや地雷の危険性を示すマークが道路からほんの数メートルのところに見られます。途中、学校などもありました。写真の学校は左側が壊れていて、右側に新しく再建された校舎があります。左側の校舎には銃弾の跡が多数あり、戦争があったということを強く印象づけるものでした。

2011年4月12日 (火)

コーヒーショップ

Photo スリランカでコーヒーを飲むとがっかりすることが良くあります。良いフィルターがないせいなのか、コーヒーの粉がたくさん沈んでいることがあるし、香りもあまりよくないのです。一流ホテルに行ってもがっかりさせられることがよくあるので、コーヒーの良し悪しリストを作りたいくらいです。そんなスリランカのコーヒー事情ですが、ホステルの近くのいつも利用するバス停の近くにとても良いコーヒーの香りを漂わせているお店があります。こんなにいい香りなんだったら、期待できるのではないかと思いながら、これまで足が伸びていませんでした。今回、思い切ってチャレンジしてみました。とても暑い日だったので頼んだのはアイスコーヒー。アイスコーヒーはスリランカ式でミルクと砂糖がたっぷりはいったものでした。残念ながらコーヒー自体の風味は判断できませんでした。次回はブラックコーヒーで確認したいと思います。

2011年4月11日 (月)

前大統領の家

Photo スリランカの大統領は、現在マヒンダ・ラジャパクサです。その前の人は、チャンドリカ・バンダラナイケ・クマーラトゥンガという人で、スリランカ初の女性大統領です。スリランカにある唯一の国際空港はバンダラナイケ国際空港というのですが、その名前は、前大統領の父、ソロモン・バンダラナイケ元首相からとられたんだそうです。
 それで、その前大統領が住んでいた家というのが現在はホテルになっています。Tintagelという名前で、なかなか立派な作りです。このホテルのカフェは宿泊客でなくても利用できます。見た目の高級さにも関わらず、お値段はお手頃で、静かな雰囲気でとてもいい感じでした。ちょっとわかりにくいのですが、オデール近く、コロンボ7、Rosmead Placeにあります。

2011年4月10日 (日)

ショッピング

Photo コロンボの休日、お店巡りをしました。ひょんなことから、服を買おうかということになり、私の着る服を友達がコーディネートしてくれました。人に選んでもらうと、自分一人では絶対に買わないような服をセレクトされます。なんとなく、気恥ずかしいのですが、まあたまにはそういうのもいいんじゃないかということで、勢いで買いました。スリランカでは、正月に向けて新しい服を買ったりするので、4月14日の正月にでも来てみましょうか。何件か、お店をまわりましたがどこも大変な混雑でした。

2011年4月 9日 (土)

ジェフリーバワ

Photo 配属先の正月休みが始まりました。当初の予定より1週間伸びて5月2日まで3週間の休みです。学生たちは、家に帰って行きました。そのまま寮にいても、ご飯も出なくなるのでコロンボに上がります。コロンボに上がる途中に何人かで集まり、ランチを食べました。今回はカルタラ県ワーッドゥワにあるホテルブルーウォーターです。日本ではあまり知名度がないようですが、スリランカではとても有名なジェフリーバワという建築家の設計したホテルです。すっきりして落ち着いた感じでした。スリランカには、このジェフリーバワ設計のホテルがたくさんあり、それらをめぐるのもおもしろいと思います。ベントタビーチホテルもジェフリーバワです。実は我が配属先、ニルワラ教員養成大学も確かではないのですが、ジェフリーバワによるものとの話もあり、なんとなくそれらしい雰囲気があります。

2011年4月 8日 (金)

汚水槽

Photo_2 朝の集会の後、学生全員が何かを見にいきました。それが写真のものです。これはトイレなどの排水をためたものです。何でこんなものがあるかというと、汚水槽があふれたので、地面に穴を掘ってためたようです。なぜあふれたのかという理由は、学生たちがシャンプーや洗剤の袋をトイレに流したため詰まったらしいです。教員になる学生たちなのに・・・。実際に目で見て理解してもらえばいいんですけど。ただ、穴を掘って汚水を流し込んだのはいいんですが、この後どうするんでしょう。水位が減っている跡がありました。このまま地面にしみこませるのでしょうか。この辺の人たちは、井戸水を飲んでいます。この汚水が井戸水に影響しないか心配です。

2011年4月 7日 (木)

新年行事

Photo 準備を重ねた新年行事が開催されました。8:30開始との案内でしたが、始まったのは9:30を過ぎていました。まあ、いつものことで。グラウンドに仏教、ヒンドゥー、キリスト教、イスラムのそれぞれの建物がつくられました。案内に従って訪問すると、それぞれの方式の新年料理が振る舞われました。たくさんの食べ物でおなかがいっぱいになりました。午後からは、新年行事として定番の体育行事です。棒の上に乗って枕でたたき合うものや、目隠ししている女子が手を後ろに縛っている男子にヨーグルトを食べさせるものや、パン食い競争、綱引きなど盛りだくさんです。綱引きでは縄が切れるハプニングもありました。男子と女子で生卵をキャッチボールするものも盛り上がっていました。そんなこんなで終了したのは午後7:00近く、真っ暗になっていました。

2011年4月 6日 (水)

マラソン大会

Photo 校内のマラソン大会が開かれました。男子は約7km、女子は約3kmのロードレースです。沿道の人たちも応援してくれたり、水を提供してくれたりなどしてくれました。ただ、水をかけてふざけてるようにしか見えないおじさんもいました。それほど長い距離ではないと思うのですが、半分以上の学生は途中で歩いていました。途中何か所かあるチェックポイントの前だけ走っている学生も多数です。そんな中、ゴール直前のデッドヒートを見せてくれる学生も中にはいました。全体的には、特に女子がゴールしたとたんに座り込んだり、具合悪くなっている人も多かったです。もうちょっと日頃から運動した方がいいんじゃないのというのが正直な感想です。

2011年4月 5日 (火)

新年行事の準備

Photo 火曜日は7時間ぶっ通しの授業がある日なので気合いを入れていたところ、あさって行う新年行事の準備のために授業がなくなりました。結局、いいのか悪いのか、まだ一度も7時間ぶっ通しで授業をしたことがありません。それを知ってか、知らずか、今日来ている先生方は少なかったです。来ても何もやることがないですからね。
 新年行事は4つの宗教に分かれて、建物などをつくるのですが、今年は体育館の中ではなく、外につくっていました。グラウンドに竹を差し込んで柱にするなどなかなか本格的です。こういうのをつくるのも教員のスキルの一つなんでしょうか。1年生と2年生が一緒に作業をするので険悪だった関係が少し改善したようです。

2011年4月 4日 (月)

期末テストとグラウンド工事

Photo 3年生のインターンシップの指導でハクマナのメソジストセントラル校に行きました。先週からどこの学校も期末テストをしていたので、行く前に気づいても良さそうだったのですが、行ってみたらここもテストでした。学生は授業をしないのでテストをしている様子を見ました。ここの学校はほかと比べて落ち着いてテストを受けているようでした。けれども1時間半と指定されているテスト時間のうち、30分も経つと半分以上の生徒は解き終わりやることがなくなってきます。それで、60分後には全員終了です。普段40分授業なのにテスト時間が長すぎるような気がします。
 テストの写真も何度かアップしましたので、グラウンドの写真です。グラウンドが工事中でした。政府による工事を担当するのは軍の人らしく、工事をしている人は軍隊のメンバーだそうです。この学校は、前回も新校舎ができていましたが、それに加えグラウンド拡張とどんどん発展しているようです。中心校と田舎の学校の差を感じます。

2011年4月 3日 (日)

ゴールのバススタンド

Photo 去年9月から始まったゴールバススタンドの工事が進んでいます。ここは、2004年の津波の時に大きな被害を受けた場所です。前に書きましたが、日本にいたときに、津波の様子を伝える番組を録画していて、それをスリランカに来てから見たら、このバススタンドの様子がビデオに映っていて、驚いたということがありました。このバススタンド周辺で400人の人が亡くなったそうです。そのビデオは、写真左に見える黒いビルの2階部分にあるところから撮られたようでした。最近、日本での津波被害があったのでまたそのビデオを学生たちに見せて、津波について教えていました。そんなバススタンドもリニューアル工事が進んで、建物の外観はおおよそできてきました。この左側には鉄道駅があるのですが、鉄道駅とは陸橋でつながる予定だそうです。日本では、鉄道駅が町の中心でその前に大きなバススタンドがあるというのはよくあることですが、スリランカではバススタンドの方がメインで鉄道駅と一緒になっているところはあまりありません。橋でつながっても、どれだけ利用されるかよく分かりませんが、スリランカでは珍しいケースなのでどうなるか楽しみでもあります。

2011年4月 2日 (土)

クリケットワールドカップ

Photo スリランカでは1か月以上にわたってワールドカップの話題で盛り上がっていました。ワールドカップと言ってもサッカーではなく、クリケットです。インド、バングラデシュ、スリランカで開催されていました。スリランカチームは予選から勝ち上がり、なんと今日が決勝戦。インドのムンバイで開催され、スリランカ大統領もムンバイの試合場に行き、観戦です。その試合はテレビ中継され、多くのスリランカ人はテレビに釘付けになってみていました。試合開始時間は午後2時。終了時間は、午後11時前でした。9時間弱にわたって繰り広げられた試合は、スリランカ274点に対してインド277点で残念ながらスリランカは準優勝に終わりました。かなりくやしがると思ったのですが、あるスリランカ人はインドはスリランカの近くの国なのでOKと言ったんですね。インドに対してはものすごい対抗意識を持っているような印象だったので、ちょっと意外でした。

2011年4月 1日 (金)

音楽練習

Photo 授業時間中、なにやら楽しそうな音楽が聞こえてくるので見にいったところ、歌の練習をしていました。来週の新年行事に向けての練習だそうです。授業時間中なのですが、出席確認の時にいなくても、新年行事の準備というと免罪符のようになるんです。やっぱり授業軽視なんですよね。行事がメインで、授業がその合間という感じがします。こういう意識は簡単には変えられません。この人たちが学校の先生になったらやっぱりそういう考えで授業がされていくんだろうなあと思うと残念です。

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