北部州

2011年4月16日 (土)

非難民キャンプ

Photo_4 スリランカの内戦は昨年の5月に終了しています。内戦終了時には30万人程の住民が住んでいる地域が戦場になったことにより、戦争避難民となっていたそうです。避難民を収容するキャンプが作られていましたが、復興が進んだことにより多くのキャンプはすでに閉鎖されたそうです。しかし、地雷が完全に撤去されていないなどの問題でまだ元の家、あるいは新しい生活場所を見つけられない人たちがいます。北部からもどる途中、非難民キャンプがまだ残っている場所のわきを通りました。キャンプの中には、学校、お店などがそろっていて、基本的にキャンプ内で生活できます。現在は自由に出入り出来るようですが、以前は自由な出入りができず、キャンプの中だけの生活をしていたそうです。トタンで覆っただけの簡単な家。南部ではほとんど見ることがなく、戦争を意識することが少ないのですが、このようなキャンプをみると、戦争の影響はまだまだ残っていると感じます。このキャンプがなくなる時が本当の復興なのでしょうか。

2011年4月15日 (金)

ナーガディーパ寺院

Photo_3 北部州3日目は島にわたりました。北部州の一番大きな都市はジャフナで、そこに宿泊しています。そのジャフナから近くの島へはコーズウェイと言われる連絡道路でつながっています。橋ではなく、道路の幅だけ埋立て道にしているものです。最初にヴェラナイという町のあるカイツ島に渡り、次にプンクディティウ島に渡りました。そこからはコーズウェイがないので、船でナーガディーパ寺院のあるナイナティウ島に行きました。このナーガディーパ寺院は、ブッダが三度スリランカを訪れた場所の一つで、2回目に訪れた場所と言われています。3回目はケラニヤ寺院だそうです。1回目はどこでしょうか。足跡のあるスリーパーダかも知れません。このナーガディーパ寺院は銀色のパゴダが特徴的でした。周辺の海はとてもきれいでモルディブのようでした。モルディブには行ったことありませんが。何年もたって復興したらリゾート観光地になるような気がしました。

2011年4月14日 (木)

スリランカ最北端

Photo_2 スリランカ最北端近くにある灯台です。最南端にも灯台がありましたが、正確な最北端、最南端からは微妙にずれていて、最北端や最南端を示す特別な標識はありません。スリランカ人はあまり、最○端というものに興味がないのかもしれません。灯台付近ははいセキュリティゾーンになっていて近づくことはできませんでした。この最北端はポイントペドロというところで、JICAの草の根技術協力事業が行われています。現地のNPOパルシックを実施団体としたもので、貧困漁村女性を支援する目的で乾燥魚生産を指導する支援が行われています。見ている目の前でも新たな魚が水揚げされ、高額で取引される様子も見ることができました。

2011年4月13日 (水)

戦争で壊れた学校

Photo スリランカの北部地域は内戦の激しかったところで、戦争から1年近くたった今でも外国人の立ち入りは制限されています。自由に訪れることは難しいのですが、今回JICAの方でボランティアが北部を視察する機会をアレンジしてくれて、参加してきました。北部に入る部分には検問所があり、外国人はパスポートチェックも行われます。そこを越えて北部地域に入ると、風景が一変します。地雷除去が完了していないことを示す、黄色のテープや地雷の危険性を示すマークが道路からほんの数メートルのところに見られます。途中、学校などもありました。写真の学校は左側が壊れていて、右側に新しく再建された校舎があります。左側の校舎には銃弾の跡が多数あり、戦争があったということを強く印象づけるものでした。

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